すのっぶにござりまする。

服飾を通して文化を学びたい男のひとりごと

ディナージャケット・スモーキング・タキシードの源流を知る 後編

 初めましての方はお初にお目にかかります。中乃上 忠助(なかのうえ ちゅうすけ)と申します。そうでない方はいつも有難うございます。中乃上でございます。

 

 前回、前々回に引き続きまして、源流を知るシリーズ「ディナージャケット・スモーキング・タキシードの源流を知る」です。前回はスモーキングとタキシード、そして夜(宴)の準礼装(ジャケット)のディテールのお話でした。最早このブログの定番となっている脱線を挟みつつ、本日はウエストコート・トラウザーズのディテールのお話からです。宜しくお願い致します。

 

 この記事は「ディナージャケット・スモーキング・タキシードの源流を知る」の後編でございます。先に前中編をお読み頂けると幸いです。

 

kutsuyasan.hatenablog.com

 

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 準礼装独特のディテール(トラウザーズ)

 

 側章

 

 トラウザーズの側面の縫い目を隠すようにシルクを貼ったディテールです。

 起源は諸説ありますが、メジャーなものは3つ。

  1.  縫い目を見せることが恥ずかしく、シルクで覆った
  2. 元々は男性のトラウザーズも女性のスカートのように横開きだったため、その名残
  3. ブリーチズのような膝下丈のものから現在のような長い丈のトラウザーズへ変わってから、兵種の色分けのためナポレオンが採用した軍服のラインの名残

 以上の3つを頭に入れておけば、恥をかくことはないかと思います。

 

 ベルトレス

 

 ディテールとして記載するのが適当かどうか迷いましたが、現代の感覚との乖離がありますので、御説明申し上げます。ジャケットのノーベントと同じようなイメージを持っていただければわかりやすいかと...

 そもそも、「準礼装にベルトは用いない」ではなく、「そもそもベルトという発想がない」と考えるべきです。現代では所謂ビジネススーツ(略礼装)等にベルトを合わせるというのは当然のように行われていますが、源流を辿ると有り得ないことです。

 礼装のトラウザーズはブレイシスで吊る(補助的にサイドアジャスターを用いる)ことを想定して生まれたものでございます。

 では何故ベルトを用いるようになったのかについてお話します。ベルトは、軍服や作業着由来のラギットなものです。チノーズやデニムパンツとよく合いますね。

 対してスーツをはじめとする礼装はウエストコートの着用が基本でした。それが時代の流れとともにウエストコートを省略することが増え、ウエストコートに隠れていたブレイシスが目立つようになります。加えて肩への負担や夏場は暑い、といった欠点が目立つ(それらを加味してもかなりのメリットはありますが...)ようになり、ベルトの着用が増えていきました。

 以上のことから「準礼装にベルトはしない」ではなく、「ブレイシス以外の選択肢はそもそも存在しない」ということがわかりますね。

 

 アングルドヘム(モーニングカット)

 

 トラウザーズの裾部分を斜めにカットしたディテールです。つま先側を短くカットしたもので、裾のだぶつきを防ぎます。軍礼装によく用いらるディテールであるため、ミリタリーヘムと呼ばれ、シングルでの処理が基本です(極極稀にダブルのものも)。

 

 準礼装独特のディテール(ウエストコート)

 

 U字の首元

 

 シャツの第4ボタンあたりまで露出するざっくりと開いたU字のウエストコート。

 燕尾服のウエストコートも意外とざっくり開いているので全体的な形はそのままでしょう。ホワイトコットンピケ地のオッドベストから、ジャケット・トラウザーズと同じ生地に簡略化され、襟も省略されました。燕尾服の尻尾を切り落としたカウズから派生した軽装であるディナージャケットや、部屋着、くつろぎ着として生まれたスモーキング、そしてそれらを参考にしたタキシード、これらは総じて肩肘張ったものではありませんので、簡略化されるのは当然のことだと言えるでしょう。

 

 くるみボタン

 

 ジャケットと同じくくるみボタンを用います(詳細は前回記事「ディナージャケット・スモーキング・タキシードの源流を知る 中編」を御参照ください)。

 

 背中側の生地 

 

 これははっきりとした資料はありませんが、通常の略礼装の考え方で良いでしょう。

 通常のウエストコートも背中側にはポリエステルやレーヨン(裏地と揃える場合が多い)を用います。

 ジャケットとの滑りをよくするためのもので、ジャケットを脱いでウエストコートだけの姿になることを想定したものではありません。※ウエストコートを省略してジャケットを脱ぎ、シャツ1枚になるよりはよっぽど良いですが...

 背中まで同じ生地で作られたものは、ウエストコート1枚のスタイルを想定しており、使用人側、現代でいうとウェイター用ということになります。

※本来的にはこの考え方ですが、現代においては米国的であったり、たっぷりと生地を使った贅沢な仕様という考え方もありますし、個人的にはリネン生地の場合、背中側の生地がポリエステルやレーヨンだとリネンの良さが損なわれる気がします。私はウエストコート1枚で過ごす想定をしているかどうかで背中側の生地については判断しています。

 準礼装の場合、こだわる方は裏地宜しくシルクを使用するのが良いでしょう。

 またしても脱線を致しました。申し訳ございません。

 

 準礼装独特のディテール(シャツ)

 

 胸ポケット・ダーツは無し

 

 これはドレスシャツ全体に言えることですので、独特のディテールとして御紹介するのは適切ではありませんが、昨今、略礼装であればポケット付きのシャツは容認されているような状況ですので、準礼装では特に御注意頂きたく、お話致します。

 本来礼装に機能的なものは似合いませんし、必要もありません。シャツに胸ポケットを付ける理由は「便利だから」以外にありませんので、準礼装用のシャツに胸ポケットを付けるということは考えられませんね。

 ダーツについては、シャツには袖のパフジング、ウエスト部分のブラウジングと呼ばれるある程度のゆとり・だぶつきが必要です(フォーマルに於いては通常のドレスシャツよりシビアに、必要最低限に抑えるべきですが※中乃上考)。ダーツでタイト(というよりもピタピタ)にしていたのでは本来の美しさが損なわれてしまいます。

 またしても脱線しましたが、これは普段のビジネススーツ(略礼装)のスタイルにも言えることです。

 頭に入れておいて損はないでしょう。

 

 

 

 襟はウィングカラー・レギュラーカラー・セミワイドカラー(開きの角度が広すぎないもの)の3つが適当でしょう。※ウィングカラーの原型である完全な立ち襟のポークカラーはフォーマル度が非常に高い為、準礼装では浮いてしまう可能性があり、除外しました。

 実質的にウィングカラーかレギュラーカラーの二択(セミワイドは砕けた印象)になるでしょうが、ほぼ好みの世界です。米国ではウィングカラーが多い、英国ではレギュラーカラーが多い、ショールカラーならウィングカラー、ピークドラペルならレギュラーカラーなどとよく言われますが、日本ではそこまで気にする必要はないでしょう。

 しかし、英国に於いてレギュラーカラーが好まれる理由、米国に於いてレギュラーカラーが好まれる理由を知っておく必要があります。シャツ単体で見た場合、ウィングカラーの方がフォーマル度は高いでしょう(ポークカラーの先端を少し折ったものがウィングカラー、立ち襟では苦しい為完全に襟を倒したのものがレギュラーカラー)。「それならウィングカラーの方が...」とお思いの方も多いかと存じますが、ここで思い出していただきたいのは”所詮”という考え方です。

 英国では「”所詮”ディナージャケットだからレギュラーカラーでいいじゃない」という考え方があるため、カウズ由来のものとはいえ、レギュラーカラーが好まれます。米国では「折角の準礼装なのだからウィングカラーが良いだろう」という考え方で、ウィングカラーが好まれます。

 どちらが良い悪いではありませんが、理解していて損はないのではないでしょうか。

 個人的にはディナージャケットやスモーキングはレギュラーカラー、カウズやタキシードならウィングカラーが良いかなと思いますが、”所詮”準礼装ですので、やはり好みで良いでしょう。

 後述のカフス同様、糊付けはできるだけ硬い方が望ましいです。

 

 プリーテッド・ブザム

 

 シャツの胸元に1cm間隔のプリーツを付けたディテール(ブザムとは”胸”の意)。

 本来、シャツは下着です。夜(宴)の準礼装は胸元の開いたウエストコートを着用しますので、胸の詰まったウエストコートを着用するときよりもシャツ(下着)が見える範囲が広がります。「下着を見せるなんて...」「できるだけ隠したい」そんな思いから胸元に別の生地を付けることで「これは下着ではありません」とアピールするわけです。

 燕尾服に合わせるシャツにはスターチド・ブザム(スターチドは”硬く糊付けした”の意)といい、胸元に硬く糊付けした布をつけるものもあります。元々は硬く糊付けした布でスタイのようなものを作り、身に着けていました。それが段々とシャツと一体になったものがスターチド・ブザム(日本では”イカ胸”とも言う)です。どちらも正式なドレスシャツのディテールですが、若干用途に違いがあります。

 夜(宴)の準礼装はブラックタイ、正礼装である燕尾服はホワイトタイです。しかし、ホワイトタイよりも格式のあるドレスコード「デコレーションズ」が存在します。

 燕尾服を着用することはホワイトタイと変わりませんが、勲章を身に着ける点が違います。日本でも天皇陛下が儀式に於いて最高位の大勲位菊花章頸飾を佩用されていますね。

 首から勲章を下げる際のいわば「勲章受け」としてデコレーションズの場合はスターチド・ブザムのシャツを着用します。※勲章を身に着けない場合もスターチド・ブザムのシャツを着用することは何ら問題ありません。

 ディナージャケット・カウズは避暑地で誕生し、スモーキングはくつろぎ着として作られました。これらを参考にしたタキシードは言わずもなが、勲章を下げるような場面で着用することは有り得ません。私中乃上の個人的な意見ですが、デコレーションズを連想させ、ドレスシャツの中では最もフォーマルなスターチド・ブザムよりも、プリーテッド・ブザムの方が相性が良いのではないでしょうか。

※あくまで私個人の意見ですし、「合いやすいのではないか」というだけでスターチド・ブザムを準礼装で着用することは正しいことですので、気にする必要はありません。デコレーションズの場合はスターチド・ブザムというルールだけは頭の片隅に置いておいて損はないでしょう。

 完全な中乃上のひとりごとでございます。

 

 フロントボタン

 

 先程も申しました通り、シャツは下着です。下着そのもの、下着のボタンを見せるのは恥ずかしいことですね。フロントボタンを隠す方法は2通りあります。

 1つはスタッドボタン。ボタンカバーのようにボタンに被せるものもありますが、正式にはボタンのついていない、穴をあけただけのシャツにはめ込む固定式のものを着用します。これもやはり下着のボタンを見せるのは恥ずかしいという思いから宝石や貴金属のボタンを付け、「これはアクセサリーで、下着のボタンを見せるなんて下品なことは致しませんよ」とアピールするものです。ゴールドかシルバーの台座(最もフォーマルに相応しいのは光沢を抑えたシルバーだが、シーンに合わせて使い分ける)に、オニキスのものを身に着けます。

 準礼装に限らず、夜(宴)の礼装はオニキスのもの、昼(儀式)の礼装は白蝶貝のものを着用するというルールがありますが、これは昼は自然光の中で映えるものを、夜は照明の中で映えるものをという考えから来ているものです。※喪の場面では、昼夜、宴か儀式か(喪の場面で宴という表現は適切ではありませんが)を問わず、オニキスの小物を身に着けます(台座もシルバー乃至は黒が望ましい)。

 もうひとつはフライフロントと言い、前立てを比翼仕立てにし、布で覆ってしまうものです。この場合、胸に糊付けした布であるとか、プリーツはつけません。それらを付けたシャツに比べると、砕けた印象を与えます。

 

 カフス

 

 カフス周りについては、カフリンクスの着用は絶対です。これもスタッドボタンと同じ理由で、同じようにゴールドかシルバーの台座にオニキスのものを身に着けます。(台座のカラーはスダッドボタンと揃える)

 フレンチカフス(ダブルカフス)かバレルカフス(シングルカフス)かは、迷う方も多いでしょう。「フレンチカフスの方がフォーマルだ!」とお思いの方も多いでしょうが、本来はバレルカフスの方がフォーマルです。しかし、現代のバレルカフスとは若干の違いがありますので、御注意ください。

 本来、ドレスシャツの襟とカフスは非常に硬く糊付けされていました。プラスチックのように固く糊付けされたカフスは、折り返すことなどできませんので、勿論バレルカフスです。時代と共に糊付けが薄く、柔らかくなっていき、「これでは心許ない」ということで折り返され、フレンチカフスが誕生しました。英語に於いて「フレンチ」というワードが出てくるとあまり良い意味ではないというのは想像に難くありませんが、「フランス人のやりそうなことだ」と皮肉を込めて名付けられたカフスですので、フォーマル度では劣ります。

硬く糊付けされたバレルカフス>フレンチカフス>糊付けされていないバレルカフス

↑このように考えると宜しいかと思います。

 コンバーチブルカフスは相応しくありません。バレルカフスの場合は、ボタンの無いテニスカフスにしましょう。

 

 前中後編で収めるはずでしたが、お伝えしたいことも多く、脱線も重ねてしまいましたので、次回「ディナージャケット・スモーキング・タキシードの源流を知る 甲」へと続きます。

 御付き合い頂き有難うございました。それではまた次回、お会いしましょう。

 

 追記:「ディナージャケット・スモーキング・タキシードの源流を知る 甲」公開致しました。こちらも宜しくお願い致します。

 

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