すのっぶにござりまする。

服飾を通して文化を学びたい男のひとりごと

ディナージャケット・スモーキング・タキシードの源流を知る 甲

  初めましての方はお初にお目にかかります。中乃上 忠助(なかのうえ ちゅうすけ)と申します。そうでない方はいつも有難うございます。中乃上でございます。

 

 このブログ初めての企画であります「ディナージャケット・スモーキング・タキシードの源流を知る」ですが、前中後編に収まらず甲乙丙...と十干編に入ります。できるだけコンパクトに...とは思っているのですが、私の未熟さ故、なかなかの長編になってしまいました。今回で完結いたしますので、もう少しだけ御付き合いのほど宜しくお願い致します。

 

 この記事は「ディナージャケット・スモーキング・タキシードの源流を知る」の第4回でございます。先に前中後編をお読み頂けると幸いです。

 

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 準礼装独特のディテール(小物類)

 

 カフリンクス、スタッドボタンについては後編でお話しましたので、そちらを御参照ください。

 

 ブレイシス

 

 「準礼装独特にベルトという発想はそもそも有り得ない」ということは後編にて申し上げましたが、ブレイシスなら何でも良いわけではありません。

 色は黒か白(無論無地)。白の方が燕尾服の流れを汲んでおり、フォーマル度は高いですが、そこまで気にする必要はないでしょう。金具の色はシルバーかゴールド(他の小物の金具の色と合わせる)で、カフリンクス宜しくよりフォーマルなのは光沢を抑えたシルバーです。

 ベルトを想定しない準礼装ですので、ボタン留めのものが望ましいでしょう。本来ボタンは外側に付けるのですが、これもそこまで気にする必要はないかと思います。

 

 ボウタイ

 

 黒い手結び式のものを着用します。プレ・タイド・ボウと呼ばれるボウタイの形が既に出来上がっていて、ホックでパチッと留めるものは避けましょう。これはサービスに従事するウェイターが毎日結ぶ手間を省くために生まれたものです。フォーマルでこのような考え方は相応しくありません。ゲスト、ましてやホストがこのようなボウタイでは場の品格が失われてしまいます。

 又、ストレートエンドやダイヤモンドチップといったデザインは避け、バタフライかセミバタフライを選ぶのが宜しいと思います。よりフォーマルなのはバタフライですが、これも好みで良いでしょう。

 

 カマーバンド

 

 カマーバンドはウエストコートを簡略化したものです。当時英国の植民地であったインドで、暑さに耐えかねた英国人が、ターバンから着想を得て生み出したもの。代用として認められているため、着用には何の問題もありませんが、あくまで簡略化されたものであることは頭に入れておきましょう。

 白いジャケットの準礼装(盛夏・避暑地専用)ではウエストコートは着用せず、必ずカマーバンドを着用します。

 

 ポケットハンカティー

 

 基本は白無地のリネンのものです。入れ方は燕尾服宜しく最もフォーマルなスリーピークスでも良いですが、フォーマル度が高すぎてポケットハンカティーフだけが浮いてしまう危険がありますので、TVフォールドとスリーピークスを全体的なスタイルやシーンに合わせて使い分けましょう。

 シルクのものの場合は、TVフォールドの方がバランスが取れると思います。

 意外に思われる方もいらっしゃるかと存じますが、本来はリネンが最もフォーマルな素材です。当時リネンは非常に貴重で高価であったこと(富の象徴)、乾きが良く抗菌性があり、機能的にも優れていたため、シャツからベッドシーツに至るまで、あらゆるものはリネンでできていました。 ベッドシーツの保管室を「リネン室」と呼ぶのはこの名残です。

 

 靴

 

 最も正式なのはエナメルのオペラパンプスです。エナメルは「パテントレザー」とも呼ばれ(”特許の革”の意)、女性のドレスを靴墨で汚さないために使われます。リボンのあしらわれたデザインですので、女性のものと思われがちですが、正式な男性のドレスシューズです。

 それ以外の場合、夜(宴)の礼装ですので、プレーントウのものを着用します。

 キャップドトウはつま先の保護のため、革を貼り付け補強した軍靴が由来ですので、昼(儀式)の礼装の際に着用します。

 内羽根式のものほぼ一択ですが、ホールカットやVフロントのものも散見されます。

ホールカットについて、”キングオブシューズ”ジョンロブの見解としては「あくまでビジネス用」とフォーマルでの着用はあまり良いものではないとのことですが、砕けたシーンなら許されるかと...

Vフロントの場合、アイレット数の少ないものを選び、慎重にシーンは見極めるべきです。

 外羽根式やUチップ、メダリオンをあしらったものは避けましょう。

 オペラパンプスでないレースアップシューズを着用する場合は、ハイシャイン(鏡面磨き)で仕上げます(靴墨でドレスを汚さないため)。

 

 生地について

 

 準礼装に限らず、礼装の生地のルールは昼か夜か(儀式か宴か)によって異なります。

 昼(儀式)の場合は黒乃至は非常に濃いチャコールグレー。細かな柄物は許容される傾向にあります。しかし、光沢についてはシビアですので、光沢を極力抑えた生地を選びます。

 夜(宴)の場合は黒乃至はミッドナイトネイビー。昼(儀式)に比べると光沢に対しては寛容で、多少の光沢であれば許容されます。

 現代のフォーマル用スーツであればここまでシビアに考える必要はありませんが、頭に入れておいて損はないでしょう。

 シャツは白の無地が最も無難で最も美しいと思われます。

 

 プリーツ・タック考

 

 準礼装にプリーツ(トラウザーズ)やタック(シャツの背タックや袖タック)は相応しいか、というお話です。

 「ドレス・フォーマルウェアに機能的なものは似合わない」ということは以前にもお伝えしましたが、その理論で考えればプリーツやタックは極力排するのが良いでしょう。私はシャツの袖タック以外はプリーツ・タックは排するべきだと思います。

 まずはトラウザーズのプリーツですが、誕生の経緯からお話します。1920年代、オックスフォード大学の学生の間でゴルフが大流行します。大学に行く前にゴルフ、大学が終わればすぐにゴルフ、授業もゴルフウェアで受ける。この事態を重く見た大学側はゴルフウェアで授業を受けることを禁じました。そこで生まれたのが「オックスフォードバッグス」と呼ばれる非常に太く、プリーツの入ったトラウザーズです。これであればゴルフウェアの上から履くことができるため、オックスフォード大学の学生はこぞって履きはじめました。これがプリーツの由来です。着替える手間を省きたいという思いから生まれたものであり、ゆったりした着用感を生む機能的なプリーツというディテールは準礼装には似合いませんね。

 シャツの背タックも同じ理由で、「腕を動かしやすいように」という機能的なディテールは準礼装には似合いません。

 「シャツの袖タック以外はプリーツ・タックは排するべきだと思います」と申し上げましたが、袖タックを入れるべき理由については、はっきり言って明確なロジックはありません。「男の服にはすべて意味がある」とよく申しますので、ロジックがないというより私の勉強不足ですが、長い間調べ、悩み続けていますが、納得のいく答えに辿り着けていません。現段階での私の考えとしては、「袖タックを複数入れ、フレアになった袖口が美しく、フォーマル・ドレスな印象が非常に強い」というなんともぼんやりしたものです。袖タックの存在しないシャツなどあまり聞きませんし、仮にあったとしてもしわが寄ってしまったり不格好になってしまうのでは、と想像できます。そのため、一貫性に欠く部分はありますが、「袖タックを複数入れ、フレアになった袖口が美しく、フォーマル・ドレスな印象が非常に強い」を理由に(あまり強い理由ではないが)「シャツの袖タックは2タックが良い”だろう”」という説を推してまいりたいと思います。

 因みに「プリーツ」と「タック」の違いですが、「生地をつまんで折り返し、縫い付けてひだを作ったもの」という意味では同じです。生地をつまんだ時にできた折り目を途中で消したものが「タック」折り目をそのまま付けたものが「プリーツ」です。プリーツの無いトラウザーズは「プレーンフロント」と言います。本来はプリーツがないものが普通だという理由で名付けられたと考えれば、準礼装のトラウザーズにはプリーツは似合わないという説の裏付けとなりますね。

 

 切羽は切るか

 

 現代では高級服、仕立服の象徴のようになっており、「本切羽だから良い」と脳死状態で猫も杓子も切羽を切る方は多いですね。

 何も考えず準礼装の場合も切羽を切ってしまいそうですが、果たしてそれは良いのでしょうか。

 本切羽の由来についてお話します。諸説ありますが、

  1. 医者など、袖周りに衣服があると支障がある職業のため、腕まくりができるように生まれた(人前でジャケットを脱ぐのは無礼で下品という前提で)
  2. 袖口を開けることでジャケットの脱ぎ着を楽にするため

 これらが最も有力でしょうか、どちらも説得力のある説ですが、どちらも準礼装にはそぐわない考え方ですね。脱ぎ着を楽にするという考え方はフォーマルシーンにふさわしくありませんし、腕まくりをする必要もありません。よって準礼装に於いては切羽は切らない方が良いでしょう。

 余談ですが、赤峰先生が本切羽について「手を洗う際に邪魔にならないため」と仰っていました。非常に説得力があり、服だけでなく、マナーや紳士の心構えも大切にされる先生らしい御言葉です。しかし、これは誕生の由来というより、現代における本切羽の存在理由といった感覚ですので、外しました(赤峰先生自身も準礼装の場合は切羽は切らないと仰っています)。

 因みに袖ボタンの誕生はナポレオンが寒冷地に於いて部下が袖で鼻水を拭くのをやめさせるために付けたという説が有力です。この時は袖周りを一周するようについていたそうです。その後、前述の脱ぎ着を楽にするという機能を持たせるため、今のように縦に並べるようになったとのこと。切羽を切らない開き見せの場合、装飾的な意味合いになりますので、英国のパブリックスクールの制服には袖ボタンがないことが多いようです(半人前の服に装飾は不要との考え方)。そう考えれば、切羽を切らない場合、袖ボタン無しという選択肢もあるのかもしれませんね(コスプレチックになってしまう危険はあるが)。

 

 最後の最後まで脱線しましたが、これにて「ディナージャケット・スモーキング・タキシードの源流を知る」シリーズ完結でございます。前中後編ではまとまらず、十干編に突入した時はどうなることかと思いましたが、十干編は甲の1回でおさめることができました。書き漏れ(これだけ書いておいてまだあるのか)等ありましたら、加筆修正していきますが、一応は完結です。

 長々と御付き合い頂き有難うございました。それではまた次回、お会いしましょう。