すのっぶにござりまする。

服飾を通して文化を学びたい男のひとりごと

ディナージャケット・スモーキング・タキシードの源流を知る 中編

 初めましての方はお初にお目にかかります。中乃上 忠助(なかのうえ ちゅうすけ)と申します。そうでない方はいつも有難うございます。中乃上でございます。

 

 前回に引き続きまして、源流を知るシリーズ「ディナージャケット・スモーキング・タキシードの源流を知る」です。前回はディナージャケットとカウズのお話、かなり

多少脱線しまして今回はスモーキングからです。宜しくお願い致します。

ディナージャケット・スモーキング・タキシードの総称として「準礼装」を用います。

 

 この記事は「ディナージャケット・スモーキング・タキシードの源流を知る」の中編でございます。先に前編をお読み頂けると幸いです。

 

kutsuyasan.hatenablog.com

 

 

 スモーキング

 

 前回のディナージャケットは、燕尾服の尻尾を切り落としたカウズから派生したいわば軽装であり、所詮...という考え方が前提だと申し上げましたが、スモーキングはまた誕生の仕方が違います。

 生みの親はまたしても稀代の洒落者、エドワード7世なのですが、燕尾服ありきで誕生したカウズやディナージャケットと違い、スモーキングはエドワード7世がサヴィルロウのテーラーに作らせた服だったのです。

 前回も軽く触れましたが、当時は燕尾服での食事が基本。姿勢を正して静かに食事。

 政治や宗教の話は厳禁。女性の話など以ての外。それはまぁ堅苦しい食事だったそうです。当時の紳士たちの楽しみは食事の後の煙草でございます。そこなら政治や宗教、気に入った女性の話もして良い(少々下世話ですが)食事会の抑圧から解放された憩いの場に堅苦しい燕尾服では...ということで作られた服がスモーキングです。

 現代でもビジネスの場で政治・宗教・野球の話は三大タブーといいますが、仕事終わりのbarで常連客同士「カージナルスから5人もゴールドグラブかぁ」「yadiが落選するなんて...」激務の重圧から解放され、気の置けない友人と野球談議に花が咲く。こんなイメージでしょうか。

 またまた脱線しましたが、少し極端な例を挙げればビジネススーツを燕尾服とすれば、ネクタイをほどいてシャツのボタンを開けたスタイルがカウズやディナージャケット、barに行くために各々好きな服装に着替えたスタイルがスモーキング、少し乱暴ですがイメージは沸きやすいのではないでしょうか。

 真偽のほどは定かではありませんが、エドワード7世はサヴィルロウのテーラーを呼びつけるわけではなく、当時は皇太子であるエドワード7世自ら店に出向いて「食事の後、煙草を吸って寛ぐ服を作ってくれないか」と注文したなんて逸話もあります。眉唾物ですが、このようなエピソードも服飾を楽しむ要素のひとつではないでしょうか。

 全体的にはカウズのようなデザインで、襟はショールカラー、袖口は折り返されたターンナップカフ、拝絹はキルティング仕様だったとか。※拝絹等のディテールについては後述します。

 これが1870年代、欧州全体で流行します。

 元々あるかっちりしたスタイルを崩したのがディナージャケット、リラックスする目的で作り出されたのがスモーキングです。燕尾服・カウズの威厳を残した品格漂うディナージャケット、リラックスした隙が色気を醸し出すスモーキング、といった具合に私の中では何となしに住み分けがなされています。

 

 以上のことから、スモーキングは

  1. 生みの親はまたしてもエドワード7世
  2. 煙草を愉しむためのくつろぎ着
  3. カウズをルーツに持つディナージャケットと違い、オリジナルで作成されたもの
  4. カウズに近いが、細部の違いは多い

 このようにまとめることができます。

 

 タキシード

 

 夜(宴)の準礼装の末っ子がタキシードです。ディナージャケットは主に英国で、スモーキングは欧州全体で流行していますが、タキシードの誕生・流行の場は米国でございます。

 英国や欧州で流行するカウズ・ディナージャケット・スモーキングを目ざとく発見した米国の煙草王の息子、グリスウォルド・ロリラード氏が生みの親。

 1886年10月10日、米国ニューヨーク州のオレンジカウンティにある「タキシード・パーク」において第1回、タキシードクラブが催されました。その席にロリラード氏は真っ赤なカウズに黒のトラウザーズを合わせたスタイルで参列し、以降そのカウズはタキシードクラブのユニフォームとなり、タキシードと名付けられたのです。その後、形を変えながらニューヨークを中心に流行しました。

 タキシードといえばショールカラーのイメージが強かった中乃上ですが、最初はカウズ、ピークドラペルだったと知ったときは驚きました。

 先程も申しました通り、準礼装の末っ子ですから、カウズ・ディナージャケット・スモーキングのエッセンスを取り入れて進化していったのでしょう。

 私の中では、カウズ・ディナージャケットの威厳、スモーキングの色気をうまく共存させた「準礼装のるつぼ」がタキシードでは...と勝手に納得しています。

※米国だけに...と準礼装のるつぼという言い方をしましたが、今は米国を「人種のるつぼ」ではなく「人種のサラダボウル」と言うそうです。無秩序に混ざり合ったるつぼよりも、ひとつの国で様々な人種が共存するという意味でサラダボウルが適切だろうということです。「準礼装のサラダボウル」の方が良いのかな?

 

 以上のことから、タキシードは

  1. 準礼装の末っ子的存在で、カウズ・ディナージャケット・スモーキングを参考に米国で生まれた
  2. 生みの親はグリスウォルド・ロリラード氏
  3. 元は色付きで制服としての側面を持っていたが、形を変えつつ流行していった
  4. カウズ・ディナージャケット・スモーキングの混合のようなイメージ

 このようにまとめることができます。

 準礼装独特のディテール(ジャケット)

 ここからは表題の3種の準礼装(ジャケット)に共通して見られるディテールのお話です。

 よく「スーツとタキシード(準礼装の総称として)の違いとは?」というような疑問はあると思いますが、その答えに重なる部分が多くあります。

 

 拝絹(シルク・フェーシング)

 

 まずは拝絹(はいけん)です。正式には「シルク・フェーシング」と言いまして、ジャケットの襟部分にシルクを貼ったもので、目につきやすい特徴的なディテールです。

これの起源は、現在のテーラードジャケットの原型からお話するのが良いでしょう。

元来、我々がジャケットと呼ぶものは学生服(学ラン)のような詰襟・立襟のものでした。いくつかボタンを開け、襟を倒したものが、現在のテーラードジャケット。当時のジャケットの裏地はシルクが良く使われていましたので、折り返した襟の部分からシルクが露出します。拝絹というディテールはこの名残。夜(宴)の礼装ですから、夜の薄暗い照明でも顔が良く映えるように...という意味もあるようです。

 

 くるみボタン

 

 くるみボタンとは、水牛やナット、金属等のボタンを上記の拝絹と同じシルクでくるんだボタンのことです。フロントボタンや袖ボタンをシルクでくるみます。

 「どうだ!」という主張の無い、これ見よがしでない、なんとも奥ゆかしいディテールですね。

 因みに腰ポケットの玉縁部分にもシルクを貼ります。(室内着のためポケットフラップも無し)

 

 ノーベント

 

 夜(宴)の準礼装にはベントと呼ばれるジャケット背中側の切れ込みはありません。

 これは「準礼装にはベントがない」という考え方より、「現代のジャケットにはベントがある」という考え方の方が適切かと思います。

 ベントには主に2種類あり、現代最もよく見かけるのは背中の縫い目の続きのように1本の切れ込みが入ったセンターベント。これは馬に乗る際、邪魔にならないように...という意味があり、軽快でスポーティな印象です。

 もうひとつは腰の両側に2本の切れ込みが入ったサイドベンツ。これは腰に剣を携える際に邪魔にならないように...という意味があり、重厚でクラシカルな印象です。

 ベントには他にもありますが、それはまた別の機会に...

 準礼装を着用する場面では馬に乗ることも剣を携えることもありませんので、ベントは必要ないですね。ベントとは準礼装の後に生まれた機能的なもので、準礼装に於いてはベントという発想自体がないということでしょう。

 

 

 

 拝みボタンを考える

 

 「タキシードには拝みボタンが最も正式」という話をよく聞きますが、スモーキングは別として、ディナージャケット・タキシードはカウズ・燕尾服をルーツに持つ服です。

※スモーキングも燕尾服を参考にしている可能性は大いにありますが...(スモーキングはカウズよりも歴史が深い)

 そのためボタンを留めないダブルブレストから派生しており、1つボタンのシングルブレストは省略された形です。拝みボタンはモーニングコート(昼(儀式)の礼装)のディテールですので、参考にしたとは考えにくく、個人的には説明がつかないなと感じます。しかし、拝みボタンは左右対称で美しいため、取り入れるのも良いでしょう。

 

 

 またしても長くなってしまいましたので、ウエストコート・トラウザーズのディテールや、シャツ等のお話は次回以降に致します。

 御付き合い頂き有難うございました。それではまた次回、お会いしましょう。

 

 追記:後編を公開致しました。こちらも宜しくお願い致します。

 

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