すのっぶにござりまする。

服飾を通して文化を学びたい男のひとりごと

アンボタンマナー考

 初めましての方はお初にお目にかかります。中乃上 忠助(なかのうえ ちゅうすけ)と申します。そうでない方はいつも有難うございます。中乃上でございます。

 

 本日も中乃上の独り言にお付き合い頂ければと思います。独り言のシリーズは雑談になったり考察になったりHow toになったりブレが大きいですが、そこまで含めて独り言ということで御容赦下さい。

 

 アンボタンマナーについてのお話です。ジャケット・ウエストコートの一番下のボタンと、「着座の際はフロントボタンを開け、起立の際は前ボタンを閉める」というルールについてもお話しできればと思います。

※アンボタンマナー(着座)について重要な項目が抜けておりましたので、加筆修正致します。

 

 アンボタンマナーのはじまり(一番下のボタン)

 

 現代に於けるジャケット・ウエストコートの一番下のボタンは飾りです。一番下まで留めると不格好なしわが寄って美しいシルエットが損なわれてしまいます。

 ジョン・F・ケネディ米国代35代大統領は一番下のボタンを留めていましたが、これはジャケットの裾部分からシャツが見えることを嫌ったケネディ氏が一番下のボタンを留める前提で仕立てたスーツを着ていたからです。これがまかり通って大統領になれたのは米国というお国柄でしょうね。

 アンボタンマナーはパーティー会場でウエストコートの一番下のボタンをかけ忘れていたジョージ四世をフォローするためにボーブランメルが同じようにウエストコートの一番下のボタンをはずしたことに始まります。御存知ボーブランメルですから、パーティーの参列者がこぞって真似して広まった、とのことです。他にも節制不足の王侯貴族がゆったり着るために一番下のボタンをかけなかった。という説もあるようです。

 ダブルブレストに於いてはアンボタンマナーは存在しないという認識です。6つボタンであれ4つボタンであれ、すべてのボタンを留めても差し支えありません(ジャケットによって1つかけや2つかけ等かけるボタンの数は変わるため、臨機応変に対応)。

 シングルブレストのウエストコートは、6つボタンなら一番下のボタンは留めず、5つボタンなら一番下までかける前提で作られている場合がありますので、ウエストコートに合わせて対応します。

 ジャケットについてですが、ダブルブレストはウエストコートと同様で良いでしょう。シングルブレストの場合は、2つボタンなら一番下のボタンを留めず、一番上のボタンだけを留める。段帰り3つボタンなら真ん中のボタンだけを留める。3つボタンなら一番下のボタンだけを外す。以上のように覚えておけば問題ないと思います。

 

 着座の際はボタンは外す?

 

 「着座の際はフロントボタンを開け、起立の際は前ボタンを閉める」このルールは間違いではありませんし、実際私もそのようにしています。ですが、この言い方だと本質が伝わりません。盲目的にこの文言だけを信じてしまい、したり顔で話したりすると恥をかきかねません。どのようなことでも言えますが、文言だけ、表面だけHow toのようにルールを守っていたのでは何の意味もありません。その理由、源流を知り、納得したうえでルールを守ることが重要です。

 「着座の際はフロントボタンを開けるのだ!」と鼻息の荒い方、「着座の際はフロントボタンを開ける、立つときに閉める。この動作がスマートならこなれて見えるし、女性にももてますよ」なんて浅はかな方も多くお見掛けします。このルール自体は間違っていません。むしろ正解です。しかし本質ではありません。大事なことは他にあります。

 まず大切なのは「シャツは下着」ということです。これが源流と言って良いでしょう。下着をみだりに見せたくはありませんね。見せたい方もいらっしゃるかもしれませんが、一般的には見せたくないものです。そのためシャツを見せるのは襟もとと袖口の1~2cmだけです。ウエストコートは少しでも詰まったもの、ジャケットもフロントボタンが多いものがクラシックです。ウエストコートが省略されている現代では、ジャケットのフロントボタンを開けるとシャツ(下着)が丸見え。「ウエストコートも着ずにジャケットのフロントボタンを開けて下着を見せるなど言語道断」基本的にはこの考え方です。しかし、高い位置に腕を上げたり、着座の際は生地が突っ張り服が傷んでしまいます。そのため、特例でもってフロントボタンを外すことが許されているのです。

「着座の際は前ボタンを開け、起立の際は前ボタンを閉める」という言葉で本質に近いのは下の句ですね。立っているときにフロントボタンを開けることは許されません。「あの野郎座っているのにフロントボタンを閉めたままだ!天誅!」という方がいかに浅はかかわかりますね。

 そのため、座った状態でフロントボタンを閉めていても良いのです。服を長持ちさせる知恵、ということですね。

 赤峰先生も動画で「皆さん(視聴者)に向けて話をする時、着座とはいえフロントボタンを閉めると気分が引き締まる。だから私はフロントボタンを閉めたままお話している。」と仰っていました。流石赤峰先生....

 さて、ここからはウエストコートや、(カジュアルスタイルに於いて)ニットを着用した場合のお話です。「ウエストコートを着ているのだからフロントボタンを全開にしてウエストコートを見せるのがマナー」という話も聞いたことがありますが、よくわかりませんね。ウエストコート着用の場合、ウエストコートが下着を隠してくれるので、立っていてもフロントボタンを外して差し支えません。フロントボタンをしっかり留めるのが正しいことに変わりはありませんが、ウエストコートやニットを着ているのなら、起立時にフロントボタンを外しても構いません。それ以外は先程申し上げた通りです。

 今までルールを説明してきましたが、まずはルールを知ること、理解すること、守ること、崩すこと。この順番が大切です。初めからルールを崩すようならその人の人生も崩れていきます。大袈裟に聞こえるかもしれませんが、たかが服、されど服。程度の差はあれ、人生に影響を与えます。稀代の洒落者であるエドワード七世は型破りな服装をして、新たなスタンダードを生み出してきた人ですが、それは型(ルール)を知っていればこそ。ルールを熟知してきたから、崩して良い幅「崩ししろ」を理解しており、無秩序な着崩しでなく、新しい型を生み出せたのです。まずは徹底して型を守り、理解する。そして自らの感覚を養い、「崩ししろ」を理解する。そのうえで崩し、自分のスタイルを確立する(崩す必要がなければそれで構わない)。これを意識できているかどうかが、大きな違いを生み出します。

 私が偉そうに講釈を垂れるより、赤峰先生の動画を御覧頂いた方が良いでしょう。

下は、赤峰先生が私の質問に答えてくださった動画です。


www.youtube.com

 

 また別の角度からのお話です。板坂元先生は著書の中で「椅子に座るときは背広のボタンをかけてはならない」と仰っています。

「赤峰幸生・板坂元両先生のどちらを信じればいいのだ...」と私の人生に於いて最も尊敬すると言っても過言ではない2人の人物を天秤にかけるような思いがしました。

 しかし両先生を天秤にかけるようなことはしなくてよいのです。板坂先生は、着座の際にボタンをかけていると服にしわが寄ったりして不格好だからボタンはかけてはならないと仰っています。上記のような「あの野郎座っているのにフロントボタンを閉めたままだ!天誅!」と何も考えずに叫ぶ短慮の俗物とは格が違います。

 では赤峰先生は間違ったことを仰っているのかと言うとそうではありません。赤峰先生の御言葉には万に一つも間違いは御座いません。ジャケットのつくりが関係して参ります。昨今のスーツは普通に立っているだけでしわが寄るほどタイトなフィッティングのものが珍しくなく、それが格好良いとされています。そのようなフィッティングは本来的ではないことは申し上げるまでもありません。タイトなジャケットでボタンをかけたまま椅子に座れば窮屈この上なく、不格好でしょう。笑った拍子にボタンが飛んでいくやも知れません。ここまでタイトなフィッティングでなくともゆとりの少ないジャケットであれば着座の際にボタンを外すべきでしょう。しかし、赤峰先生のようにクラシックで正しいゆとりのあるジャケットの場合、必ずしも外すべきとは言い切れないと思われます。ダブルブレストの場合はボタンを外す必要は一切ないことからも、「しわが寄る・生地が突っ張る等の服への負担が無い(少ない)」、「着座の際にボタンをかけたままでも不格好にならない」といった点をクリアできていれば着座の際にボタンをかけても良いと言えるでしょう。

※板坂先生は服装に無頓着な国会議員を窘めるために「椅子に座るときは背広のボタンをかけてはならない」と仰っていました。

 

 知識と言うものはただ受け取るだけでは事故を起こしてしまいます。板坂先生と赤峰先生、どちらの御言葉を先に頂戴したにしろ、受け取るだけの姿勢では「○○先生はこう仰っていたのに...」と大先生相手に不信感を抱いてしまったり、こともあろうに避難してしまったりと言った大事故が起きます。大先生の御言葉を謙虚に頂戴する姿勢を持ちつつ、(それを否定することは無いという大前提で)自ら考える必要があるわけです。

 この辺りはショウペン=ハウエルから学ぶべきでしょう。

 

 脱線に次ぐ脱線。これも含めて独り言だと御容赦下さい。

 御付き合い頂き有難うございました。それではまた次回、お会いしましょう。